
実家の食卓で、息子がふと言った。「この辺、働くとこないやろ」。父親はすぐに答えられなかった。歩いて15分のところに、40年続く鉄工所があるのに。
この会話は、どこの町でも起きています。そして経営者の側では、まったく別の光景が同時に進んでいます。求人サイトの掲載料だけが毎月引き落とされ、応募のボタンは押されないままだ、という光景です。
「働くとこがない」のではなく、「知らない」
求人という手段には、ひとつだけ動かせない性質があります。求人は、いま探している人にしか届かないということです。
地元に住む人のうち、今日この瞬間に転職先を探している人は、ごく一部です。残りの大多数は、まだ探していません。探していない人は、求人サイトを開きません。ですから応募がゼロであっても、それは会社の魅力が足りないからではありません。届く場所に、まだ会社が置かれていないというだけのことです。
「働くとこがない」と言った息子は、嘘をついたわけでも、調べる氣がなかったわけでもありません。ただ、知る機会が一度もなかったのです。
追い風は、すでに吹いている
ここで、地元採用にとって見過ごせない変化が起きています。
マイナビの新卒調査(2027年卒大学生・大学院生対象、有効回答2,800名、2026年3月20日から4月5日実施)によると、地元(Uターンを含む)で働きたいと答えた人は58.7パーセントで、前年から2.3ポイント増え、4年ぶりに増加へ転じました。
そして同じ調査で、もっと重要なことが示されています。将来的に地元就職を希望する潜在層に、地元企業を知ったきっかけを尋ねたところ、最も多かった答えが「家族や知り合いの勤務先企業の話を聞いたことがある」で44.0パーセントだったのです。
求人広告でも、就職サイトでもありません。日常の会話でした。
なお、この調査の対象は新卒の学生です。中途採用の数字ではありませんので、そのまま当てはめることはできません。それでも、地元で働く先をどこで知るのかという問いに対して、実測でこれだけはっきりした答えが出ている点は、中途採用を考えるうえでも示唆があります。
募集を強くしても、この差は埋まらない
応募が来ないとき、多くの会社がまず手をつけるのは募集そのものです。掲載媒体を変える。給与の書き方を見直す。写真を入れ替える。どれも間違いではありません。
ただ、これらはすべて「探している人」の中での順位を上げる打ち手です。探していない人には、順位を上げても届きません。地元採用でつまずくとき、痛いのはたいてい、順位の勝負に勝てないことではなく、勝負の場所に相手がいないことのほうです。
ここを見誤ると、費用と時間だけが積み上がります。掲載を止めれば応募はゼロのまま、続ければ費用は出ていく。この板挟みが、地元の中小企業にとって一番苦しいところだと思います。
先に作るのは、募集ではなく〝知られている状態〟
順番を入れ替えるという考え方があります。募集をかける前に、地元で会社が知られている状態を先に作っておくという順番です。
知られている状態とは、社名を覚えられていることではありません。そこで働いている姿が、頭の中に浮かぶ状態のことです。どんな人が、どんな一日を過ごし、どんなときに嬉しいのか。それが浮かべば、いざ働き先を考えるときに、その会社は候補として立ち上がります。
条件の一覧表では、この「浮かぶ」が作れません。物語なら作れます。御社の働く姿を一冊のマンガにして、求人サイトではなく地域のポストへ届ける。探している人を待つのではなく、まだ探していない人の日常のほうへ、先に置いておくという方法です。
大阪の鉄工所、前田機械さまはこの順番で動きました。求人サイトに掲載しても応募がゼロだった状態から、採用マンガを地域へ配布し、配布から10日で見学の応募が入り、そこから採用に至りました。いまは第2弾を継続して運用されています。
危機は、まだ終わっていない
地元志向が4年ぶりに増えたとはいえ、若い人が進学や就職で地元を離れていく流れそのものは止まっていません。地域の中で働き手の絶対数が減っていくという構造も、今日明日で変わるものではありません。
追い風が吹いているうちに、知られている状態を作れた会社と、募集の順位争いを続けた会社とでは、数年後に立っている場所が変わります。そしてこの差は、あとから短期間で埋めることが難しい種類の差です。
もし今、応募が来ないことでご自身を責めておられるなら、それは順番の問題かもしれません。そんな見方が、どなたかのヒントになれば嬉しいです。
その危機を、先に抜け出した会社があります。
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