
「朝礼で毎日唱和している。額にも入れて掲げている。それでも理念が社員に浸透している実感がない」
浸透しないのは、言葉が悪いからではありません。理念が、判断に使える形になっていないからです。人は文言を覚えることはできますが、覚えた文言だけでは、迷った瞬間に使えません。使われた理念は、必ず具体的な場面の形で社内に残っています。
1. 唱和は記憶には効きます。判断には効きません
毎朝唱えていれば、社員は文言を覚えます。ここまでは確実に効きます。
ですが理念が本当に必要になるのは、マニュアルに書いていない場面で、その場の一人が決めなければならない瞬間です。お客さまから無理な依頼が来た。納期と品質が両立しない。若い社員がミスを隠しているらしい。
このとき「お客さま第一」という6文字を思い出しても、どちらに動けばよいかは決まりません。抽象的な言葉は、抽象的なままでは判断の役に立たないのです。ここが浸透していないように見える正体です。
2. 浸透している会社に、必ずあるもの
理念が実際に機能している会社にうかがうと、共通して出てくるものがあります。語り継がれている場面が、いくつかあるということです。
「創業のとき、社長が何を断ったか」「あの納期のとき、誰がどう判断したか」「先代がいちばん怒ったのは、どんなときだったか」。社員がこれらを話せる会社では、理念は文言ではなく、判断の前例として共有されています。
迷ったとき、人は言葉ではなく前例を探します。前例が社内に無ければ、それぞれが自分の常識で決めます。理念が浸透していないと感じるとき、たいてい足りていないのは共有されている場面の数です。
3. 場面が消えるのは、こういうときです
創業から時間が経つほど、場面は静かに失われます。理由は3つです。
- 場面を知っている人が退職する。語り継ぎは口伝えなので、人と一緒に消えます。
- 人数が増えて、社長と直接話す社員の割合が下がる。同じ話が全員には届かなくなります。
- 拠点が分かれる。同じ会社でも、共有される前例が別々になっていきます。
いずれも、会社がうまくいっているときほど進みます。理念の浸透が課題になるのは、たいてい成長している会社だというのは、そういう意味です。
4. 社外に語れない理念は、社内にも浸透しません
ここが、私どもがいちばん申し上げたいところです。
理念を社内の話だと考えている会社は少なくありません。ですが実際には、お客さまに語れる形になっていない理念は、社員にも語れていません。逆に、社外へ物語として伝えられる会社は、その物語がそのまま社内の前例になります。
採用の場面でも同じことが起こります。求職者に「うちはこういうときにこう判断する会社です」と場面で伝えられる会社は、入社後の落差が小さい。社外に向けた発信と、社内の浸透は、同じ1つの物語の表と裏です。別々に作るものではありません。
条件で人を集め、条件で取引先を選ばれる立場から抜けたいとき、要るのは新しい標語ではなく、物語で選ばれる状態のほうです。
5. 私どもが20年やってきたことも、同じでした
手前の話で恐縮ですが、1つだけ申し添えます。
私どもはフランス・JAPAN EXPO等に11回出展してきました。1度の出展で結果が出たわけではありません。行っては課題を持ち帰り、翌年また行く。これを続けてきました。
社内でいちばん語られているのは、この期間に何があったかという場面のほうです。「日本文化は人氣なのに、日本の企業が出て来られていない」と現地で感じた日のこと。理念として掲げている言葉より、その場面のほうが判断に効いています。理念は作るものというより、続けた結果として言葉になるものだと考えています。
6. 明日からできる、3つの手順
- 社長が「断った案件」を1つ書き出す。何をしないかのほうが、理念は輪郭が出ます。
- ベテラン社員に、印象に残っている判断を聞く。すでに社内にある前例を、まず回収します。
- 集めた場面を、文章ではなく場面のまま配る。要約すると標語に戻ってしまいます。
この3つ目に、私どもはマンガをお使いいただいています。場面を場面のまま渡せて、しかも読んでもらえる形だからです。会社案内の代わりでも、飾りでもありません。
よくある質問
Q1. 理念そのものを作り直すべきでしょうか。
先に場面を集めることをお勧めします。集めた場面に共通するものが、すでにある理念とずれていなければ、言葉を変える必要はありません。ずれていた場合にだけ、言葉のほうを直します。
Q2. 唱和はやめたほうがよいですか。
やめる必要はありません。文言を覚えていること自体は、共有の土台になります。唱和に加えて、その言葉が実際に使われた場面を足す、という考え方です。
Q3. 社員数が少なくても必要ですか。
10名以下であれば、社長と直接話す機会が多いため、まだ口伝えで足りていることが多いです。ただし場面は人と一緒に消えますので、いま聞ける方がいるうちに残しておく価値はあります。
Q4. どのくらいの分量が要りますか。
数より、判断が分かれる場面が入っているかどうかです。うまくいった話だけを並べると、読み手は広告として受け取ります。迷った場面が1つ入っているだけで、伝わり方が変わります。
Q5. 効果はどう測ればよいですか。
新しく入った方が、入社3か月の時点で会社の判断基準を自分の言葉で説明できるかどうかを見てください。標語を暗唱できるかではありません。
最後に、ひとつだけうかがわせてください。
御社でいちばん新しく入った方は、会社が過去に何を断ったかを1つでも話せるでしょうか。
話せないとすれば、前例がまだ渡っていません。社長がこれまでに断った案件を3つだけ書き出してお持ちください。そこから、御社の理念がどんな場面の形をしているかを一緒に見ます。
連載でお伝えする取り組みをご覧いただけます。連載マンガの事例を見る
理念は覚えてもらうものではなく、迷った日に思い出す場面のこと。
参考ブログ
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